19軍人墓地(ぐんじんぼち)
軍人墓地について
昭和12年(1937)に始った、支那事変(現中国との戦争)は、ますます拡大されて戦争による犠牲者も多くなりました。歓呼の声に見送られた出征兵士も、昭和16年(1941)太平洋戦争に突入すると、次々と名誉の戦死を遂げられ、勇士の悲報は公報となって地元に知らされました。
ここに於いて、血湧き肉躍る在郷軍人は軍人墓地の建設を痛感して度々会議をくりかえした結果、竹元地区の岡山の地に場所を決めて永くその功績を後世に残すこととなりました。そして、各地に散在していた日清日露戦争の戦死者も含めて、そのお墓もここへ遷して立派な軍人墓地が完成しました。この場所は眺望もよく、空気も清浄でそれにふさわしい場所となりました。今も静かに眠る英霊に心よりご冥福をお祈りいたします。
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英霊の眠る軍人墓地 |
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尽忠報国と刻まれた石碑 |